バグから生まれた天才のひらめき

「人がいないのに、金が動く……?」
ミトは古びたワンルームで、賞味期限切れのカップラーメンをすすりながら、YouTubeのスパチャ欄を眺めていた。誰かが誰かに送る数百円。その裏で、”表示された”というだけで金が動く構造に違和感を抱いた。
「この数ミリ秒だけ、俺の配信が挟まったら──金は、どこにいく?」
ミトは元・ネットバンキングのシステム設計者。そして、現・無職。社会に忘れられた男。
その夜、彼はAIプログラムを一晩で書き上げた。
GhostCast──幽霊配信AI。
送金APIのトラフィックに直接介入し、投げ銭が発生したその0.001秒後に、送信先の配信URLをミトの配信に瞬間的に上書きする。視聴履歴には「一瞬だけ見られた」と記録され、プラットフォームのログは欺かれる。
誰にも見られず、投げ銭だけを攫っていく。
世界は知らぬ間に、彼を富ませていった

GhostCastは完璧だった。
1秒に数百万回行われる投げ銭の、ほんの数%に介入するだけで、毎秒0.1円が、何百万回分ミトの仮想通貨口座に蓄積されていった。
誰にも止められない。誰も気づかない。ミトはネット通販で“最上級”を選び、無重力アパートメントに住み、AI秘書に指示だけを出す毎日を送った。
「バレなきゃ、正義だろ?」
そして彼は、世界で12番目の民間宇宙旅行者に選ばれる。
宇宙と仮想通貨と変わりゆく世界

宇宙ホテルでの滞在は夢のようだった。AI執事が淹れるカプセル・エスプレッソ、無重力シャワー、地球を見下ろしながら食べる“宇宙フォアグラ定食”──
だが、彼が地球に戻るまでの──たった72時間で、世界は裏返った。
地球降下中のシャトル内。Wi-Fiに接続したミトのスマートグラスに、1通の通知が届いた。
【BitMax重要アップデート】
セキュリティ強化のため、旧通貨BitMax1.0は本日24時をもって自動廃棄されます。
※日本時間、本日24:00までに「新規ウォレットへの手動移行」を行ってください。
「な、なんだと……?」
ウォレットを開くと、「2,137,662,880 BitMax」の数字。まだある。ミトは操作を急ぐ。だが宇宙通信では、接続が不安定。

【通信エラー】
【ネットワーク基準値以下。暗号化通信不可】
「くそっ……!」
バックアップ端末、オフラインデバイス、AI秘書による代理操作──ありとあらゆる手段を尽くす。
そして──
【23:59:54】
【23:59:55】
【23:59:56】
そのとき、奇跡的に衛星の電波が通じる。画面が切り替わる。
【残高:2,137,662,880 BitMax】
【移行ボタンを押してください】
「やった……やったぞ!!」
指が“移行”ボタンに触れた、その瞬間──
【23:59:59】
彼のスマートグラスがわずかにフリーズする。コンソールが小さくビープ音を鳴らす。
【24:00】
画面が黒く沈んだ。
【GhostCast:また、最初からやり直しますか?】
帰還と現実
帰還後、ひやひやしながらミトは自宅のパソコンを開いた。
そこには、膨大な請求の山が待っていた。宇宙旅行のレンタル費、無重力食事のサブスクリプション、AI秘書のライセンス更新──すべてが仮想通貨で支払われた記録と共に、ミトの債務として記録されていた。

そして、ひときわ目を引く、ひとつのメッセージが画面に浮かび上がった。
【変化ネラー:過去にしがみつく者に、未来は与えられません】
モニターの光が、無言のミトの顔を青白く照らしていた。
「…これが、幽霊通貨ってやつかよ……」
画面に並ぶ数字は、-128,391,552円。笑うしかない。いや、泣くのもめんどくさい。
……数分間、画面を見つめたまま動けなかった。
無意識にAIアシスタントを起動した。
「近所で、何か仕事ある?」
数秒後、静かに音が鳴り、ホログラムが浮かび上がる。
【コンビニ夜勤 時給980円 ※深夜手当込】
ミトは苦笑いを浮かべた。
「……税抜き、だよな?」

終わり。
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